大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成元年(あ)737号 決定

本籍

横浜市保土ケ谷区峰岡町一丁目八一番地の五

住居

東京都品川区南大井三丁目二三番一〇号

パールマンション大森七〇一

旅行会社臨時従業員

坂嘉造

昭和一〇年一〇月二二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成元年五月二九日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人山田有宏ほか三名の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にして本件に適切でなく、その余は、憲法一四条違反をいう点を含め、実質において単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 奥野久之 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 中島敏次郎)

平成元年(あ)第七三七号

上告趣意書

所得税法違反

被告人 坂嘉造

平成元年九月六日

右弁護人 山田有宏

同 松本和英

同 牧義行

同 松本修

最高裁判所第二小法廷 御中

第一、原判決は「外国とみなされていた地域との間で犯された密輸出入の罪については、その地域が外国とみなされなくなつたときは刑が廃止されたものと解すべきである」との最高裁大法廷昭和三二年一〇月九日判決(刑集一一巻一〇号二四九七頁)に反する判決をしているので、破棄されなければならない。

一、本件公訴事実は、被告人が主として株式売買により取得した昭和五九年分から同六一年分までの三年分にわたる所得税法違反であり、同六二年三月一六日までに所轄税務署長に対し確定申告書を提出はなかつたことで、合計六億三〇〇三万一七一三円の所得をあげながら株式取引による所得合計六億〇五〇八万三九八円に対応する合計三億九七九五万七五〇〇円の所得税を脱税したというものであるが、不均衡税制を改正するため、平成元年四月一日から改正施行された有価証券譲渡益課税によれば、株式取引による所得は他の所得と分離して二〇%の税率による確定申告でよいことになつているので、これを本件に適用すれば、被告人の株式取引による所得は合計六億〇五〇八万三九八円であつたから、その二〇%は一億二一〇一万六〇七九円となり、これが被告人の脱税額となる。さらに、この改正法によれば、株式譲渡による所得金額は譲渡代金の五%相当額とみなし、その二〇%の税金を支払えばよいことになつている。つまり、譲渡代金額の一%の税金を支払えばいいことになつている。そこで、被告人の三年間における株式譲渡代金の総額は一〇〇億を超えることはなかつたと認められることから、被告人の脱税額は一億円を超えないことになる。而して、刑法第六条によれば、犯罪後の法律により刑の変更ありたるときは、その軽きものを適用するとあるところ、本件は犯罪後の税法改正により脱税額が一億円以下になる犯罪となる。

従つて、これは刑の変更があつたと同一視すべきであるから、刑法六条ないしはその精神を準用して被告人の刑は執行猶予にするなり、懲役刑、就中、罰金刑については特に相当程度軽くすべきである。

二、然るに、原判決は、「所得税法八九条一項の規定する所得税の税率の改正と、株式等の譲渡による所得をすべて課税の対象とし、申告分離課税と源泉分離課税制度を創設した昭和六三年度法律第一〇九号所得税法等の一部を改正する法律は、その一条(所得税法の一部改正)中において、同法八九条一項の表を改正し、同改正規定は、同改正法律附則一条(施行期日)一号イにより、その施行期日を昭和六四年一月一日と定め、同附則二条(所得税法の一部改正に伴う経過措置の原則)は「この附則に別段の定めがあるものを除き、第一条の規定による改正後の所得税法・・・の規定は、昭和六四年分以後の所得税について適用し、昭和六三年分以前の所得税については、なお従前の例による。」と規定し、同改正法律の一〇条(租税特別措置法の一部改正)中の三七条の一〇(株式等に係る譲渡所得等の課税の特例)及び三七条の一一(上場株式等に係る譲渡所得等の源泉分離選択課税)は、いずれも昭和六四年四月一日以後に株式等の譲渡をした場合の当該株式等の譲渡による所得を対象とするものであることを明定しており、また右三七条の一〇及び一一は、いずれも同改正法律附則一条(施行期日)の三号リにおいて、その施行期日を昭和六四年四月一日と定めており、同附則六二条(租税特別措置法の一部改正に伴う所得税の特例に関する経過措置の原則)は、「第十条の規定による改正後の租税特別措置法(以下「新租税特別措置法」という)第二章の規定は、新租税特別措置法及びこの附則に別段の定めがあるものを除くほか、昭和六四年分以後の所得税について適用し、昭和六三年分以前の所得税については、なお従前の例による。」と規定しており、本件各年分の所得税率及び有価証券譲渡益課税については、いずれも従前の例によることになつているから、従前の行為に関する限り何らの変更を見ないものであつて、刑法六条の適用のないことはもとより、その準用の余地もない(大審院昭和七年(れ)第一一二号同年四月一日判決・刑集一一巻五号三一八頁参照)。法の精神は、正に同一法令施行の当時その法律の定める同一違反行為をした者に対しては、裁判の時如何にかかわらず、同一刑罰により処罰するとするものであるから、昭和六二年以降に所得税法が改正され、税率が軽減されたことや有価証券譲渡益課税制度が改正されたことを以て、同法六条の精神を準用し、本件各年分の脱税額を右軽減された税率や改正された有価証券譲渡益課税制度に基づいて計算したのと同視して量刑すべきである、とする所論は到底採り得ない」と判示している。

しかしながら、右判示は前記昭和三二年一〇月九日の最高裁大法廷の判決に反するものである。即ち、右大法廷判決の少数意見は「・・・しかしながら、右大蔵省令または政令によつて外国とみなされる地域に変更があつても、外国または外国とみなされる地域と本邦との間において、免許を受けないで貨物を輸出または輸入することが禁ぜられているという関税法上の規範は、昭和二八年一二月二五日(政令変更の日)の前後を通じて現在に至るまで依然として存続され、従つて無免許輸出または無免許輸入という所為の可罰性に関する法的価値もまた終始変わるところがないと解すべきである。それ故、右地域の変更は昭和二八年一二月二五日以前に成立した旧関税法違反の処罰に何ら影響を及ぼすものでないといわなければならない・・・」としているが、これは正に本件の原判決と同一である。しかしながら、多数意見は「・・・右旧関税法の適用については、外国とみなされていたのであるが、昭和二八年一二月二四日政令四〇七号「奄美群島の復帰に伴う国税関係法令の適用の暫定措置に関する法令附則八項により、同月二五日以降は外国とみなされなくなり、本邦の地域とせられることとなつた。従つて、同日以降は、本件公訴事実のような税関の免許を受けないで貨物を奄美大島に輸出する行為及び同島から貨物を輸入しようと図ることは右政令改正の結果として、何ら犯罪を構成しないものとなつたのであつて、これによつて右行為の可罰性は失われたものというべく、本件は刑訴法三三七条二号にいう犯罪後の法令により刑が廃止されたときに該当すると解しなければならないとして、従来の判例を変更して原判決を破棄している。

この多数意見は、本件の原判決の判断と相違していることが明らかであり、この点において原判決は破棄されなければならない。

第二、原判決は刑訴法第四一一条一項五号の判決があつた後に刑の変更があつたことにより破棄されなければならない。

前記第一に記載した理由に加えて、原判決も「本件後の改正所得税法による税率税額の変更や有価証券譲渡益課税制度の変更は・・・罰金額算定の基礎となる税率・税額の改正の如きものも刑(所得税法二三八条二項)の変更に当たるとしても、右改正法においては、いづれも経過措置として昭和六三年分以前の所税についてはなお従前の例によると規定されているところから、刑法六条の適用も準用される余地がない」としている。しかしながら、右の「・・・なお従前の例による」というのは、刑罰法令についてもなお従前の例によると規定していないのであるから、刑罰法令については、刑の変更があつたものと解すべきである。従つて、少なくとも所得税法二三八条二項の罰金刑についてだけでも刑の変更があつたものとすべきである。

なお、原判決が摘示する罰金額算定の基礎となる税額の改正に関する大審院昭和七年四月一日判決(刑集一一巻三一八頁)についても刑の変更にほかならないとする説もある(ポケット註釈全書新版刑法有斐閣三〇頁)。

従つて、原判決はこの点について刑訴法四一一条一項五号の判決があつた後に刑の変更があつた場合に該当するので、破棄されなければならない。

第三、原判決は法の下の平等を定めた憲法一四条一項に反するので、破棄されなければならない。

一、憲法一四条一項は「すべて国民は法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的または社会的関係において差別されない」と規定しているが、これはすべての国民が人種、信条、性別、社会的身分または門地等の差異を理由として、政治的、経済的または社会的関係において法律上の差別待遇を受けないことを明にして、国民が法の下に平等であることを規定したものである。

そして、脱税事犯は租税の公平負担を損い、実質的には国家の課税権を侵害し、租税収入を減少させ、国家ひいては社会全体に損害を生じさせる犯罪とされている。

二、ところで、被告人の本件行為は、証券業界では公然の秘密であつた。

被告人の株式取引は多くの社員のいる前で公然と行つていたことが認められる他、会社の金子副社長と一緒にやつていたのであるから、被告人として罪の意識が薄かつたとしても強く責めるのは酷である。

被告人は株の売買利益について脱税したものであるが、証券業界においては、株の取引によつて得た利益につき、取引回数や同金額の非課税枠を超えても、所得申告して納税しないのが業界の常識といわれている。毎日新聞の昭和六三年六月二七日付夕刊によれば、一〇〇人の客のうち、九〇人は仮名借名口座であり、国税庁によると、非課税枠を超えたと所得申告したのは全国で五九年は五九件、六〇年は七〇件、六一年は一八六件に過ぎないとなつている。そして、六一年の全国の株式取引高は約一九三兆円、内、個人売買は約六〇兆円とされるが、六一年の申告件数一八六件が課税対象とした譲渡益はわづか約六〇億円のみとされている。そして、最近、東京地検特捜部が摘発した借名口座による中瀬古功の巨額脱税事件は、四大証券の社員がその脱税に手を貸してしたと報じられている。また、大蔵事務次官を勤めた国会議員ですら株取引で二億円もの所得を申告していなかつたことが報じられている。

このように、証券業界では、非課税枠を超えても所得申告しないことが常識とされている中で、被告人だけを厳罰に処するのは極めて酷といわなければならないし、刑事裁判の目的たる衡平の理念にも反することになる。被告人が株の売買等において利得した金員はすべて再投資のため使用しており、利得した金員を不動産、その他に化体して隠匿することはなかつた。文字通り相場が好きな為、すべて相場に使つていたものである。僅かに被告人が居住するマンションを購入しているが、これとても住宅ローンを利用していたほどである。被告人は昭和六二年一月現在で現金五億円を保有し、六二年の所得が五五〇〇万円とされているところ、右金員は住宅ローンに一六〇〇万円、六二年度の所得税二四〇〇万円、保釈保証金七〇〇〇万円、五九年から六一年度までの所得税約四億円、妻との離婚による慰謝料一五〇〇万円、住民税等二〇〇万円、六二年度の生活費八〇〇万円、税理士、弁護士などの費用として七〇〇万円、合計五億四二〇〇万円が費消され、残金が一三〇〇万円となる。然しながら、被告人は、なお、延滞税、重加算税の計二億円を支払わなければならない。この二億円については、さきに述べた一三〇〇万円、保釈保証金七〇〇〇万円、国税局によつて差し押さえられている前記マンションで四〇〇〇万円、金子副社長から貰うべき金員五六〇万円、計一億二八六〇万円は支払うことができる。そして、残りの七一四〇万円については、友人から少しずつでも金を借りて何とか完済しようと努力しているところである。

被告人は前科がなく、本件において相当長期の勾留もされ、当然のことながら、勤先からは懲戒解雇となり、約一、六〇〇万円以上の退職金を失い、マスコミによる大々的な非難を浴びるなど社会的制裁も一二分にうけている。

更に、被告人は上司である副社長の金子被告人と一緒だつたからこそ多額の借名口座による取引が出来たものであり、金子から借名口座による取引を禁止されれば、このような多額の脱税をしなかつたものである。

この点において、金子より重く処罰されるものではない。

被告人は深く反省し、脱税金額は全て完納しており、証券界から永久追放の処分を受けて、実質的に株式の売買ができない状況にある上、今後は株式の売買を行わないことを誓つており、主観的にも客観的にも再犯を犯す可能性はない。本件と同じ株取引により得た所得について、約五億五〇〇〇万円を脱税したタテホ化学工業の前常務小林被告人は懲役二年、執行猶予三年、罰金一億円の判決が去る六月二七日神戸地裁で言い渡されて確定とている。さらに、がん具製造販売会社社長佐藤五十雄被告人が三年間で約三億五千万円を脱税した法人税法違反について、平成元年二月一四日、名古屋高等裁判所で懲役二年六月、執行猶予四年の判決が確定している。裁判の衡平の見地から見れば、これらの判決と比較して、被告人を重く処罰すべきではない。何故ならば、刑事裁判の目的は衡平にあり、この衡平とは、起訴されている当該被告人間だけでなく、他の裁判所否起訴されていない者との間においても衡平を保たれなければならないからである。更に、被告人を刑務所に入れてしまつては未払いの税金を支払うことが出来なくなる。被告人を社会において働かせて税金を納付させた方が、国家財政の見地からも有効的であると思料される。

従つて、この上被告人に対し実刑を科すことは余りに酷であり、これは憲法一四条に違反するので破棄されなければならない。

第四、原判決は刑の量定が著しく不当であり、破棄しなければ著しく正義に反する。

一、被告人の犯行の動機について、自己やその家族等が豊かに生活を送るためということは人間愛の発露であり、誉められることであつても、決して悪いことではないのである。ましてや、被告人は印刷会社の職工の貧しい家に生まれ、兄弟姉妹が五人もいたことから、生活が苦しく、希望していた大学にも進学できなかつたことや、人間の平均寿命が永くなつたものの、経済情勢の将来は不透明であり、老後の保障のない時代の被告人にとつては、なおさらのことである。被告人は酒もギヤンブルもやらず、専ら資金を再投資に回していたのであるから、被告人の犯行動機を悪くいう原判決は、極めて不当のものである。

二、被告人の所得秘匿の手段方法に借名口座を延べ一六口使用したことについては悪いことである。然しながら、被告人が借名口座を利用したのは、関東財務局の検査から手張り行為の発覚を免れるためであつて、脱税を目的としたものではない。脱税は所得の申告をしなかつたことによるもので、借名口座が増加したのは共同して手張り行為をしていた金子と意見が合わなくなつて自己独自に手張り行為をするようになつたことと、歩合給で生活している他社の証券外務員に頼まれて借名口座を開設したまでであり、脱税を目的としたものではない(被告人の供述、原審記録四八丁~五〇丁)。従つて借名口座利用をもつて悪質とする原判決は妥当でないといわなければならない。

なお、原判決は「課税基準を超える取引が行なわれている口座は、一見作為や不正のない正常なもののように見えるところから、借名取引による脱税を暴かれないようにするためには、かえつて課税基準にとらわれず取引することも考えられないではないこと、年五〇回以上かつ二〇万株以上の株式売買があつたとしても、それにより申告を要するだけの利益が挙がらなければ納税義務は生じない上、膨大な株式取引量・取引当事者数に加えて、納税者番号制度等株式取引により生ずる所得の把握を確実かつ容易にする方法が採られていないことや、国税当局の査察体制・査察能力等からして、現状においては、右の課税基準を超えた株式の売買取引があれば直ちに所得調査に乗り出すことが出来るほどの余力はなく、主として悪質重大な脱税が疑われるものに集中せざるを得ない実情にあること、証券業界に長年身を置く被告人としても、これらのことを熟知していたことが推認され、さればこそ、被告人も各借名口座の株式取引を課税基準内に止めようとの工作迄はしなかつたとともに、一つの口座名義の株式売買の回数・売買株数があまり大きくなつて国税当局の目を引かないように、多数の借名口座に分散して取引を行つたものと認められるのであつて、課税基準を超える取引口座があることをもつて被告人が脱税の意図で他人名義を用いたのではないことの証左とすることはできない。」と判示しているが、これは証拠に基づかない推測のそしりを免れない。

三、監督すべき立場にありながら種々の工作をして手張り行為を続けたことについても、確かによくないことであるが、被告人は上司の副社長である金子と共にやつていたのであり、監督者として責められるべきは金子の方であり、さらに証券業会全体においても借名口座利用や手張りを容認する風潮があつたものであるから、被告人のみを強く責めるのは極めて酷である。伝票の時刻をさかのぼらせたことはあるが、これまた会社のシステムとして時刻の正確な記入については極めてルーズであり、あつてなきごときシステムになつていたからであり、この点についても被告人を強く責めるのは極めて酷であるといわなければならない。

四、一般投資家の証券市場の公正さに対する信頼を裏切る行為云々についても、原判決は極めて不当である。何故ならば、本件は脱税事犯であり、手張り行為などの証券取引法違反を処罰している事案ではないからである。証券取引法五〇条三号には何等処罰規定がない上、被告人は野村証券が大量に買うという一般投資家でも知ることの出来る状況を見てこれを追うことをした他は、自ら勉強し、景気の見透しを判断して売買していたものである(被告人の供述記録二九丁、七〇丁、七八丁~八〇丁)。さらに、株式の売買そのものはすべて投機的なものであるから、被告人の本件各行為だけで一般投資家の証券市場の公正さに対する信頼を裏切つたものとは未だいえないのである。

五、被告人が就職した金十証券は、業界では零細企業の部類のものであるが、被告人は努力して株式相場に強い男となつたのである。

被告人が就職した頃は世間が不況であり、就職難であつたため、被告人は下積みの仕事を比較的長くやらされたが、その間先輩から自分の小遣いは相場で稼げといわれたり、金十証券の隣にあつた合同証券の社長が獅子文六作「大判」のモデルであり、その男がいわゆる手張りをやつて大儲けをして世間の注目を浴びていたのを目のあたりに見て、それにあこがれ、子供の頃の貧困や老後のことなどを考え、自分も相場で儲けようと考えるようになつていつたのである。そして、被告人も自己名義で細々と株式投資をするようになつていつたのであるが、被告人は人一倍努力し、金十証券においても順調に出世し、専ら株式相場部門で成績をあげた。即ち、

昭和三九年 四月一日 市場課課長代理

同四六年 四月一日 市場課長

同五四年 四月一日 株式部長

同六一年 四月一日 市場部長

同六二年一〇月一日 市場売買室長

という具合であつた。

被告人は、金十証券の会長らも認めるように、株式相場に対する抜群のセンスがあり、長年に渡つて金十証券の自己売買においてその能力を発揮して会社に利益をもたらしている(喜多守の検面調書)が、それには毎朝五時に起きて多くの新聞を丹念に読んだり、ラジオのニュースを聞き、常日頃から世界の政治経済情勢に通じるための本を読むなど、涙ぐましい努力を重ねてきたものである。

六、被告人は金十証券の発展に貢献することが大であつた。

証券会社の営業収益には、

1、顧客からの株式売買などの委託手数料たる受入手数料

2、信用取引における利益や会社所有の株式配当である金融収益

3、会社としての自己売買の損益である売買損益

の三つがあるところ、証券会社は受入手数料や金融収益だけではやつていけないところから、どの証券会社も売買損益にも力を入れている。

金十証券においても被告人が昭和三九年頃から力を入れるように進言してこれを実現させ、被告人は売買損益の八〇%部分を占める個人プレーの、いわゆる「日計り」の自己売買損益を担当していたのである。

因みに、金十証券の売買損益は、

昭和六〇年 七一六、二七五、〇〇〇円

同六一年 八六六、五〇〇、〇〇〇円

同六二年 六七五、八一七、三六二円

であつたから、被告人の会社に対する功績は相当評価していいものである。

七、大行天皇が崩御され、新天皇が即位されたことで、内閣は恩赦の最大のものである大赦を行うという。大赦は司法手続きによらないで行政権によつて公訴権を消滅させたり裁判所の言い渡した刑の効果を消滅させるものである。恩赦は国民に有難さを与えるものとして、憲法上天皇の国事行為としている。この恩赦は、本来は制度の改廃や社会情勢の変化を考慮に入れてなされるものである。然りとするならば、前述のように税制度が変わり、税率も変化したことでもあるので、税法違反被告事件が大赦に該当しないとしても、その精神から、被告人の刑は相当程度減刑されて然るべきである。

以上を総合すれば、原判決の量定が著しく不当であり、破棄しなければ著しく正義に反するので、破棄されなければならない。

〈省略〉

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